◆テーマ
パターンミュージックの応用 〜各奏者の周期や時間進行の異なる音楽づくり〜
◆実施日:7月17日
◆担当:山口賢治
◆ねらい
音楽創作の基本的手法であるパターンミュージックの手法を発展させて、周期の異なる音楽、音楽的時間軸が複数存在する音楽創作を実践し、その応用を試みた。このワークショップを通じて、音楽的時間の概念を広げ、新たな音空間を創造する参考事例を提供するこを目的とした。
◆実施スケジュール
7月3日の味府先生担当の授業の中の一部を復習した。
スティーブライヒ「クラッピングミュージック」構造モデル図
Aパート…12345678 │ 12345678 │ 12345・・・
Bパート…23456781 │ 23456781 │ 23456・・・
Cパート…34567812 │ 34567812 │ 34567・・・
Dパート…45678123 │ 45678123 │ 45678・・・
スタート地点をずらして一定のパターンを演奏する構造の説明をした。
次に周期の異なるパターンの同時演奏を試みた。
試行1: 3拍子、4拍子、5拍子でそれぞれ拍子の頭を手拍子で叩いた。
試行2:言葉(花の名前)を当てはめ、下記の通り、4小節単位で f→pでディミヌエンドして繰り返しのパターンを演奏した。(○は休符)
Aグループ 3拍子の繰返しパターン
│キ ク ○│ キ ク ○│ キ ク ○│○ ○ ○│
Bグループ 4拍子の繰返しパターン
│サ ク ラ ○│ サ ク ラ ○│ サ ク ラ ○│○ ○ ○ ○│
Cグループ 5拍子の繰返しパターン
│ヒ マ ワ リ ○│ ヒ マ ワ リ ○│ ヒ マ ワ リ ○│○ ○ ○ ○ ○│
異なる周期の組合せにより自動的に生じる音楽のずれの効果を体験してもらった。
打楽器を使用しての2拍子、3拍子の同時演奏。
作品例として、 松尾祐孝「新譜音悦多」素適譜Ⅲ(現代邦楽研究所委嘱作品 邦楽器合奏)を鑑賞した。 各パートの周期がそれぞれ複雑に異なり、音の編み目模様を紡ぎだしているが、基本的な構造は上記と同じ。
続いて独立した時間軸を持つ音楽づくりに挑戦した。
同じ音形を演奏速度を変えて同時演奏した作品としてスティーブライヒ 「ピアノ・フェイズ」を紹介した。音楽の時間軸を共有していない典型的な作品例である。
分かりやすいモデルを示すために2台のメトロノームを用意し、メトロノーム1の速度♩=100、メトロノーム2の速度♩=104で同時に鳴らし、その原理と効果を理解してもらった。
YouTube: メトロノーム(♩=100&♩=104)同時
これらの事例を元にふたつのグループに分かれて創作、発表を行った。
Aグループは同じスマホのメトロノームアプリを使い、♩=80と♩=90で各人が入力したリズムの刻みを同時に鳴らした。
また、Bグループはスマホのメトロノームアプリと電気メトロノームを組合せ、各人がそれぞれに異なるテンポやクリック音の音色を設定した上で、リーダーの指示で各自がON,OFF操作を行い、音響の変化と立体感をつくる工夫があった。
Bグループは結果的に一柳慧の1960年の作品「電気メトロノームのための音楽」のような音楽になり非常に興味が持てた。この作品の初演当時、電気メトロノームは登場したばかりで、高価な先端機器として、テクノロジーの象徴として受けとめられていたと思われる。しかし、今はスマホの数あるアプリの中のひとつにすぎず、気軽に誰でも使うことができることを考えると、この作品の持つ意味が初演時と今では変わってしまっており、時代の変化を感じさせれた。
◆まとめ
我々はアンサンブル合奏の際、音楽的時間進行は共有することを前提としている。しかし、今回は個々に独立した時間軸にそって音楽を演奏することを試みた。世界を見渡せば、我々が普段接している音楽について常識として認識ししている音楽的時間の概念と異なる世界も存在する。以前、現代邦楽研究所の授業で講義して元国立劇場演出室長の木戸敏郎 先生から次の言葉を聞いた記憶がある。
『100名の奏者の一斉に1小節演奏することと、1名の奏者が100小節演奏することを等価と認識する文化がある。』『音楽時間の概念には”計測時間”と”計量時間”があり、両者の時間概念は異なる。」
様々な文化圏の音楽を聴く時に、音楽的時間の概念にも意識や興味を向けて欲しいとの思いから、その切っ掛けとして、音楽的時間の概念を揺さぶるためのワークショッププログラムを実施した。これを契機に日本の伝統音楽における”間”などの音楽的時間の意識や概念について改めて考えることを期待している。
今回は授業内容から考えて、かなりの戸惑いが学生から出てくると予想していた。しかし実際には柔軟に課題に対して取り組んでもらえ、学生の対応力の高さを実感した。